【一】初春



 その後、二人の付き合いは順調に続いていった――かに、見えた。
 そんなある日、朝倉が怖い顔で笑った。

「あなたの罪状を教えてください」

 手錠をかけられた山縣は、煙草を銜えたまま目を細めた。
 ――そんなものは決まっている。

「お前に恋をした事だ」
「へぇ。真面目に答えてもらえる?」

 そう言われても困るのである。
 なにせ本音だ。真面目に答えている。だが、それが相手のお気に召さないことはよくわかっていた。現在――冷蔵庫の、ワインのコルクを全部引き抜いて瓶をカラにしたかどで、山縣は朝倉に拘束されている。折角の軍の休日だというのに、寝起きの一杯が飲めず、至極不機嫌そうにひきつった笑みを浮かべた朝倉は、ソファに座っていた山縣を押し倒してガチャりと手錠をはめたのである。

「まず昨日、あなたは僕の麦酒を全部飲み干しましたね?」
「記憶に無い」
「それは言い逃れなのかい? それとも酒で記憶が飛んでるのかい?」
「両方だな」
「自白と取っていいのかな?」
「誰もお前の酒を飲んだなんて言ってねぇだろ。昨日は第三吉原で――」
「第三吉原? 昨日は確か、書類仕事で残業だって言ってたよね」
「……」

 山縣は沈黙した。何とか手に煙草を挟む。

「あなたの罪状は?」
「お前に惚れた事」
「不正解だね。嘘つきだというのが一点。二点目は窃盗、僕のワインを見事にカラにした」
「そんなもんどうだっていいだろが。なんで今日に限って絡むんだよ。買ってくればいいんだろ?」
「いいや、それじゃあ気が済まない」
「はぁ?」
「――愛が感じられない」
「……?」
「前々から一緒に飲もうと約束していた昨日、どうしても仕事が終わらないと言って君は約束をキャンセルしたにも関わらず、午後六時には職場を後にし、仕事でもないのに吉原で豪遊して、酔って記憶も曖昧な状態で僕の家に来て、僕が寝ている横で約束したお酒を一人で空けました」

 朝倉が笑顔で言うと、山縣が口笛を吹いた。ニヤリと笑っている。

「じゃあ言わせてもらうけどな――前々から一緒に飲もうと俺が誘っていたにも関わらず、その度に、後でね後でね後でねと生返事を繰り返した挙句、昨日いきなり飲もうと言い出したお前のために、寝ずに仕事を終わらせて六時に職場を出た俺に、浮気現場を見せつけて『今忙しいから出てって』と言い放ったお前は、その後吉原でやけ酒を飲んでいた俺を無理やり拉致して連れ帰り、ベッドに入ったと思ったら俺を蹴り落としたが、それに関しては申し開きは?」
「――だから」
「おう」
「浮気がまず誤解だよ」
「へぇ。いや、別にいいからな? 俺がお前を好きなだけだから、お前は今まで通り好きに遊べ」
「待ってくれ。本当に違うんだよ」
「――二人共全裸で、お前が相手の腰に腕をまわしてる場面を見た俺の感想として、あれは体感的に浮気だ」
「……」
「この俺というものがありながら、俺ほど素晴らしい恋人がいながら。本当に最低だ、別れて――は、やらん。と、思うほどにお前に惚れてて、お前を好きなのが、俺の罪だな。いつか道を踏み外しそうだ」
「あれはね」
「おう」
「山縣とあいつ、プロフィールの身長体重が同じだったんだ」
「――は?」
「僕は山縣が好きだと思うんだけど、それは体なのかと思って、同じサイズの場合どうなのか確認したかっただけで、誓ってヤってない」
「ほう。で? 結果は?」
「匂いかなって思った」
「煙草?」
「いいや。雰囲気というか、空気感」

 そう言われて悪い気はしないが、納得できるわけでもない。

「まぁいい。とりあえず手錠を外してくれ。そしてお前こそ罪状を述べて、申し開きをしろ」
「いやだね」
「朝倉、俺はこれから仕事なんだ」
「休暇願いは出しておいたよ」
「そりゃあまぁ随分と気が利く事だなァ」
「僕の罪状か。まぁ、それはまず間違いなく、山縣を嫉妬させて、嫉妬されてる事実に気分が良くなってしまって、申し開きどころか意地悪くネチネチ何か言ってやりたいところなのに、山縣があっさりかわすから、やるせないという現実に絶望している点だね」
「絶望は罪じゃない。最初の気分良くなってる部分までで言葉を止めておけ――それと手錠がどうつながるんだ? あ?」
「お酒を一人で飲んだ山縣に、罰を与えなければと思ってね」

 朝倉に押し倒されて、山縣は眉を顰めた。

「朝倉」
「なに? 気分じゃない?」
「お前相手ならいつでもその気になるから、これじゃあ罰にならん」
「……――愛を感じました」
「肉欲の間違いじゃないのか?」
「それを確かめたい。今、九割違うと思ってる」

 そんなやりとりをした休日もあった。